本ページでは,当学会の理念である生殖細胞の再生に関わる,最近の論文を紹介していきます.
第1回論文紹介
第1回目は,生殖細胞の再生と言うよりは,卵の再生が必要となるような症例である早期閉経について,その原因追及を行っているkui Liu博士らの論文を紹介します.早期閉経の仕組みが,卵再生のヒントを含んでいるという興味深い内容です.
Human Molecular Genetics, 2010, vol. 19, No. 3, 397-410
Tsc/mTORC1 signaling in oocytes governs the quiescence and activation of primordial follicles
Deepak Adhikari, Wenjing Zheng, Yan Shen, Nagaraju Gorre, Tuula Hamalainen, Austin J. Cooney, Ilpo Huhtaniemi, Zi-Jian Lan and Kui Liu
Kui Liu博士らのグループは,早期閉経に至る原因を卵子内のシグナル伝達系に焦点を当て,研究を行っています.特に,彼らの研究成果として興味深い点は,早期閉経に至る原因と,卵巣内において卵子が減数分裂を起こし,受精可能な状態へと変化するための第1段階である原始卵胞の発育開始が,同一のメカニズムにより引き起こされ,この機構が促進されすぎると若齢期に卵巣内の卵が枯渇し,早期閉経となることを示している点です.一方,このメカニズムが動かなければ,卵胞発育が開始されず,卵子は成熟せず,排卵されず,受精に至らないため,その調節が重要な因子となっていることを示しています.
この卵胞発育の開始を引き起こすメカニズムは,卵子内のPI 3-kinase系であることが同一グループから2008年にScience誌に報告されていますが,本論文では,mTOR系がPI 3-kinase系と相乗的に卵胞発育の開始を制御していることを明らかとしています.彼らは,卵特異的に発現するGdf9遺伝子を利用し,そのプロモーター領域にCreをつないだ遺伝子導入マウスとmTORを制御するTsc遺伝子のエクソン17と18をloxPにより挟み込んだ遺伝子改変マウスを交配し,卵特異的にTscを欠損させたマウスを誕生させました.この遺伝子欠損マウスでは,3週齢において発育を開始した卵胞数が増加していますが,14週齢において卵胞が全く認められない早期閉経状態となっていました.この結果から,mTORが卵胞発育を開始する因子であること,Tscがそれを負に制御する因子であることが示されました.これらの結果と彼らのこれまでの結果を合わせると,@PI 3-kinase-PKB系がp70 S6 kinaseの229番目のトレオニンをリン酸化し,mTORは389番目のトレオニンをリン酸化する,Aこの両系によりp70 S6 kinaseの酵素活性が高まり,下流のribosomal protein S6が著しくリン酸化される,Bこの卵子内のシグナル伝達系により卵胞発育が開始される,CPTENがPI 3-kinase-PKB系をTscがmTOR系を負に制御する,Dこの負の制御系により必要な時期に必要数の卵胞が発育を開始する,Eこのバランスが崩れた場合,早期に卵子が枯渇し早期閉経となる,という一連のメカニズムが考えられます.
このPI 3-kinase系とmTOR系を積極的に活性化させるメカニズムや負の制御系であるPTENやTscの活性制御機構などが今後明らかとなってくれば,早期閉経の予防のみでなく卵子の再生にも応用できるかもしれません.Kiu Liu博士は,スウェーデンの北部にあるUmea大学の教授であり,本年3月に京都で開催された国際内分泌学会において来日され,シンポジストとして発表されていました.非常に若い,バイタリティーにあふれ,かつユーモラスで親しみやすい研究者であり,今後のますますの活躍が期待されます.
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